一覧に戻る
inserted by FC2 system
 遠すぎる過去にさかのぼる。
 全ての生命が些細な争い事ですんだ平和な時代。
 格も言葉も良しものだけの生命による世界……
 水の惑星にある山奥で齢三十にして五の月と一三日目になるひとりの中年が暮していた。
 彼は趣味である夜空を眺めていた。
 今日はキラキラと流れるかな?」
 彼は流れ星を見るのが好きみたいだ。
「昨日は夜中になる八の時から眺めても一一になるまで星は降ってこなかったからな。
 今日こそは流れ星を見ないと夜も眠れない」
 彼の言葉から考察するには昨日は約三の時間まで夜空を眺めていたが、
 一つも流れ星が出なくて眠りに落ちた。
「朝三の時まで頑張るぞっと」
 三時間が経過したが、未だに流れる星が現れない。
「やっぱり罪者の前には流れ星は出ないって事なのかな?
 わしは七日も前に舞茸の神様にお礼も言わずに
 中指の長さもある舞茸を勝手に採ったせいだ。
 だからわしは七日目になっても流れ星を眺める資格がないのだ!
 神様にお礼を言わなかったせいなんだ」
 舞茸の神様へのお礼をしなかった事を後悔していたが、その時だ。
 彼の目の前で何かが飛来しようとしていた。
「え?」
 待ち望んでいた流れ星がゆっくりと彼の方へ流れてきた。
「まさか流れ星……
 いやあれは流れ星なのか?」
 彼は自分の方へ向かう流れ星に思わず見とれてしまった。
 そしてそのままその流れ星に

 頭からつま先までゆっくりと食べられた。



「流れ星が落ちた場所って……
 一場のおじさんは無事だろうな」
 齢二三と二の月にして三日目になるひとりの青年が
 別の山奥で流れ星が落ちるのを目撃した。
 彼も一場と同じく一人で山奥に暮していた。
「流れ星を見たのは良かった。はずなのに落ちた場所が何だか」
 彼もまた流れ星を見るのが趣味だ。
 そしてこの夜は念願の流れ星を見る事が出来て嬉しいはずだった。
「何なんだろう?僕の心の奥底で快くないモノが芽生えるのは」
 後世では恐怖心と呼ばれるモノを芽生えつつあった。
「おじさんの所に行きたい!
 けど快くないモノのせいで足が震えるよ」
 恐怖心の中で彼はある思いを巡らせていた。
(ここで行かなかったら僕はおじさんにも山の神様にも……それだけじゃない!
 不甲斐ないせいで僕と縁を切った史乃にも申し訳が立たない)
 彼は神への感謝と別れた女性を思い、そして
「決めた! 今すぐおじさんの元に行かね−−」
 言葉を吐き出す前に骨と脳髄が強く砕ける音を出し、彼の時は止まる。



 どうやら何かに食べられた。



「耳に響くぞ! なんなんだよこの揺れは」
 流れ星が落ちた山の南出入口から出ようとしていた男は叫んだ。
 男は齢二五にして一一の月と二九日目になる。
「折角一週間分のテレス筍(たけのこ)とテレス栗を神様に感謝して採ってきたのに。
 まだ俺は感謝しないといけないか」
(昨日の夜にブル璃を怒らせたのがいけなかったかな?
 確かにあれは俺のせいだよな。デートを断ったせいであいつは)
 男には好意を寄せられる相手がいる。だが、種族的な理由で断った。
「人族が牛族と結婚し、子供が出来て純血が途絶えたら
 両方の神様に申し訳ないじゃないか! だから断るしか……」
 神への礼節を守ろうとした行為で相手を傷つけた事に男は今も後悔する。
「そうか、だから神々はお怒りなんだな。
 俺が無下に断った為にあいつの心に傷を付けた事に。
 山の揺れは絶対山の神様のお怒りなんだ! いや、そうに違いない」
 男は自らそう言い聞かせて、両の足の指を山の方へ向けた。
(もう明日になる十の二分前だが、俺はまた登らねばならない!
 神様の為だとかそんな理由もあるが、俺を愛したブル璃の為にも!
 そして、そして)
「俺自身が一人前の雄となる為にも」

 男は足下に注意しながら山を登っていく。
「雄として試されてるんだ! ここで退けば生命への恥さらしモノだ」
 彼の身体は小刻みにも震える。それは初めて芽生える恐怖心が心身を駆け巡っているからだ。
 それは山で起こったモノを目の辺りにした時、待っているのは己自身の生の終末に対する心の脅えからくるモノである。
 だが男は四の五の言わず足を動かす。
 愛を振ったブル璃の為にも。
 神を鎮める雄として。
(こんな震えが何だと言うんだ! こんなモノで俺が足を止めてたまるか!
 例え良からぬ事を目にしても足を止めたら一生モノの恥だ)
 男は心の中で言い聞かせた。そして山の頂上へ一段、また一段と登っていく。
 男が山を登り始めて四時間と十二分が経過した。
「もうすぐ、もうすぐ頂上に着くぞ! たぶん山を登り始めて四の時間くらいかな?
 お日様がもうすぐ登り始める頃だと思うんだ。それにしても眠くなった来たよ」
(ずっと寝ずに登ってきたからな。それに、お腹にある虫さんにも食べ物を与えないと餓死するかも知れない。)
「でも駄目だ! それでは神様に申し訳が立たない! 俺は雄として示さなければ神様の怒りは静まらない!
 だからどうか眠りの神様に空腹の虫さんよ、どうか俺自身のご無礼をもう少しだけ許して下さい」
 男は無理を押し通す。そしてついに頂上に辿り着いた。
「これが頂上……なのか」

 男と同じ種族と思われる血だらけの白骨死体を目撃する形で。

 男は喜ぶ気持ちになれなかった。
 頂上に辿り着いた事よりも頂上にある鉄が染みつくような匂いを発する白骨死体に目を奪われた。
 そして、どうゆう反応を示せばよいのか迷っていた。
(匂いがきつい。えっと、えっと、何でしたっけ? あっそうだ!
 ここここはひ、ひ、一つし、しかない)
 すぐさま白骨死体の埋葬に取りかかった。
 まずは手で死体が入れる分の穴を掘った。
 掘り終えたら穴を掘った際に出来た傷の手当てをする。
 次に穴の中へ死体を綺麗に入れていく。入れた後は近くで採取した葉や木の根を入れる。
 そして死体を入れた穴を土で埋める。後は仕上げの大きな石を立てるだが−−
「ん? 後ろで物音がしたけど……気のせいなのか」
 男は大きな石を探すついでに他の神々がお怒りなのかどうかを確認する為に後ろを振り返ろうと思ったが−−
(何だろう? 誰かいるみたいだけどもしかしたらここで何があったのか知ってるかも!
 声をかけてみよう)
「おーい! こんばんわ。自己紹介するぞ。
 俺の名前は御幸(みゆき)と呼ばれる者だ! 名字は葉月(はづき)だ!
 葉月の一族は代々テレス地方の小テレス村と呼ばれるテレス人族発祥の地に暮す!
 俺の代で十六代目を襲名する予定……であ」
 御幸と呼ばれる男は今まで我慢していた恐怖心を一気に駆け巡った。
 その結果体中硬直した。
(あ、あ、あのものの口? についている者は血、だよ、な?
 あ、あ、有り得ない! そんな事をするモノなんて有り得ないぞ)
 御幸が見たモノとは四本足をしていて暗くてはっきりしない。
 わかる事は口らしき物に血が付着しているという点だ。
(生命が生命を? そんなことして心に痛みを感じるはずなのに!
 なのに、な、な、何故このモノはただゆっくりと俺のほ、ほほほうにちか近づく)
 それは御幸の身長分の距離にゆっくり近づく。
(口だけじゃない! 右前足や左前足にも血が、いや、いや、そんな事よりも近くで見たら、見たら)
 この世のモノとは思えないモノ。御幸がそう思考した。
 時既にそのモノは御幸を生きたまま左手からゆっくり食べ始めた。
 御幸が激痛に次ぐ激痛を感じつつも恐怖心と呼ばれる生まれて初めてのモノに支配される。
 あらゆる機能を停止して何一つの反応を示す事が出来ない。
 そして食われ初めて一時間後。朝六の時と三十分に十五秒。骨だけ残して完食。


 これは複数ある全生命体の敵との接触のお話の一つにすぎない。
 だが、それは果てしなき戦いへと始まる為の一歩でもある。



 IC(イマジナリーセンチュリー)零年一月二十二日午前六時三十分十六秒。

 第一話 悪魔が落ちる夜 


 第二話 ボクが最後に見た悪夢 に続く……

inserted by FC2 system